感性って何だろう
最近よく考えるテーマで、究極「感性」が全てにおいて大きな軸なのでは?と思うことがあります。
音楽をしていなくても「感性」と向き合うことがよくあると思うのですが、
「技術」も感性とつながっているものですし、「知識の捉え方」や「理解」も感性に結びつきます。
「人との会話」も空気を感じたり、読み取ったり、相手の気持ちを感じるのも感性。
イタリア人は特に感情を表にすぐに出すので、感性、感覚の塊だと毎日思いながら暮らしていました。

ピアノのレッスンでは個々持っている感性はもちろん違うので、内に秘めているものを引き出すため、
アンテナを張って様々な方向からアプローチをするのですが、よく言われること……
『感性だけは教えられない』
これは教え始めてからずっと、私自身も痛感することです。
音は嘘をつかないので、内にあるものが全部出ます。
それは上手、下手とは全く別の話です。
どんなに技術が追い付いていなくても、出した音から感動を誘う演奏に出会うこともありますし、
日々練習に励んで自己表現を模索しているとき葛藤が現れたり、幸せなとき、悩んでいるとき、
また生活感が音に出たり、、、音は嘘をつかないところが、また音楽の面白さでもあります。
きれいだなと思う感情

様々な音色を出す時に、もちろん技術的もことも大事なのですが、
その前に「自分がどう感じ、どういう音を出したいか」というイメージ、考えが大切です。
技術はそれに伴ってくるものだと思います。
指導者がイメージを押し付けても、その子の感性と違うものであれば、
腑に落ちないまま弾くことになってしまいます。
先生に言われるがままでは「コピー演奏」になってしまい、一見、レッスンの進み具合が良さそうに見えますが、
個性やその人自身の能力を潰してしまう可能性も十分あります。
「綺麗な音を出しましょう」
よく聞かれる言葉だと思うのですが、よく考えると漠然としていますよね。
特に子供のレッスンで、「きれいに響く音を出そう!」と伝えようと思うとき、
「きれい」と言ってもそれぞれ感覚が違うため、
「どんな時にきれいだなと思う?」と聞いています。
すると、質問の答えが感性に溢れていて、
私の想像力を遥かに超える答えが出てきて面白いなと思うのです。

子供たちの「きれい!」
小5(女子)
「自然や景色を見た時もきれいだと思うし、太陽の光が当たった時の雰囲気、
山登りをしながら変わる風景。特に朝の光り方がすごくきれい!
あと、本を読んでいて、きれいな表現だなって思うことがあって、真似してみたいと思う!」小3(女子)
「雨が降って濡れた紫陽花の花がすごいきれい!お母さんも好きなの!桜とは違うねって一緒に話してた。
お友達の家に遊びに行った時に、すごいピカピカだと、きれいー!って思う!!」小1(女子)
「朝、小学校に行く時はなかったお花が、帰ってきたらテーブルの上に飾ってあって、
お家がピカピカに掃除されていると、目の前に心の大きな虹ができるの!それがすごいきれい!!」年長(男子)
「旅行して虹を見た時にきれいだった!虹を食べたいと思った!
でも夕方は1日にバイバイするからちょっと悲しいなと思う。」年長(女子)
「絵を描いていて、いっぱい色が混ざって、たまたま出てきた色がきれいだなと思った!
今日はピンクと水色とブルーがきれいに混ざった!」年中(女子)
「ハワイの海と虹がきれいだった!パパとママときれいだねーって、みんなで言った!」
年中(男子)
「お母さんがきれい!」(素敵…!!!)

思いがけない答えが返ってくることが多く、子供たちの瑞々しい感性に私自身も刺激され、驚かされます。
もっと年齢が大きくなれば、ただ「きれい」という言葉では収まらなくなるくらい、
様々な経験や体験から多種多様な感情が生まれてくるんだと思います。

その感性ってどこから生まれてくるんだろう?
いろいろ考えるのですが、子供たちの反応を見ていると、「きれい」というワードに限らず、
一番最初に出てくるのは「家族との体験や会話から感じたもの」が圧倒的に多いということです。
子供たちに「どんな音で弾きたい?」「ここはどんな感じがする?」と聞くと、
答える内容が、家族と一緒に過ごしているときのことや、家庭内のことと結びつけて話すことが多いのです。
もちろん学校やお友達の影響も計り知れないと思うのですが、
一番最初に話をしてくれるのは、やはりお家での会話や、家族旅行で感じた経験が圧倒的に多い印象です。

ハーバード大学&マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究
これは実際、「研究でも発表されていることなのかな?」と調べてみると、
世界のトップ機関の教育研究でも明確に証明されていることのようで、
私の実感と一致していて腑に落ちました。
例えば、幼児期の発達研究で世界最高峰とされる『ハーバード大学発達科学センター』では、
子どもの脳や感受性を最も育てるのは、高価な教材などではなく、
親子の「サーブ&リターン(会話のラリー)」の積み重ねであると発表しています。

子どもが何かを発信し、大人がそれを温かく受け止めて返す。
この何気ない日常のやり取りこそが、子どもの情緒や表現力の土台を育む一番の栄養なのだそうです。
レッスンで子どもたちがご家庭内の思い出を楽しそうに話してくれるとき、
まさにその温かいラリーが、子供たちの瑞々しい感性として溢れ出ているのを感じます。
また、『マサチューセッツ工科大学(MIT)』の有名な実験では、
大人が先に「正解」を教え込んでしまうと、子どもは指示された通りのことしかできなくなり、
自発的に新しい可能性を探るのをやめてしまう、という結果が出ています。
教育の現場では、大人の「教えすぎ」が子どもの可能性を狭めてしまう罠があるのです。

参考
ハーバード大学
Harvard University, Center on the Developing Child / “Serve and Return”

マサチューセッツ工科大学 (MIT)

「個性」の大切さ
音楽で言うと、解釈を押し付けてしまったり、先生の言われるがままの「コピー演奏」ほどつまらないものはないですし、
個性を潰してしまうリスクがあるため、私自身も教えながら常に注意しているところです。
かつて私が生活していたイタリアでは、レッスン中に言葉のラリーがとても多く、
ほとんど楽器を弾かないまま、先生とディスカッションする場面をよく見かけました。
私自身も、先生と言葉を交わしながら作品への解釈を深めていくことが多くあり、
話していた内容は細かく覚えているものです。
言われた通りに弾くと一瞬、凄く伸びたように感じたり、
仕上げが早く感じられたりして、確かに「楽」ではあります。
これは先生も生徒も。
でもそれは、自分の内から発したものではなくなってしまいます。
先生のアドバイスを自分のものとして消化できないままコピーになってしまうと、
どこか退屈で、説得力のない演奏になってしまうのです。
残念ながら、コンクールなどでもそのような演奏を耳にすることがあります。
持っている感性や個性を、自分だけの音に表現することができたとき、
演奏する本人が一番、心から「何かを感じる喜び」を得られるはずです。
感性とは日々の出来事に心が動いたり、その些細な気持ちや感覚を大切にできる力なのかもしれません。
みんなが持っている「感性」という宝物を、それぞれの形で大切に育てていけたらいいですね。


