恩師であり、バッハの大先生
旧都立芸術高等学校に通っていた頃、一人の恩師と出会いました。
その先生は作曲家であり、バッハ研究の権威として知られる方で、
後にバッハ事典の執筆やライプツィヒでの研究にも携わることになる、誰もが尊敬する大先生。
当時、学校ではソルフェージュ、楽曲分析、和声、合唱などの授業を担当されていましたが、
月に一度、ご自宅で「バッハ研究会」を開催されていました。
私も高校2年生の頃から毎月参加していたのですが、「バッハを理解するにはカンタータを知ることが必須」ということで、
毎月第4日曜日の午後に4時間ほど(なんと休憩なし!)、カンタータ1曲を徹底的に掘り下げるという難解な講座でした。
お正月明けの平均律の分析講義は8時間に及び、皆ヘトヘトになり、頭を使いすぎて帰りには頭痛がするほど。
今思えば、とても贅沢な時間でした。
徹底的に鍛えられた研究会
先生の溢れる知識と経験から発せられる解説は、当時の私には半分も理解できていなかったかもしれません。
それでも、先生お手製の膨大な手書き資料をいただき、曲を聴きながら説明を聞く時間は特別なものでした。
講義中は突然、「どう思いますか?」と指名されることもあり、
「分かりません」とは言えない雰囲気だったので、何とか自分なりに考えて答える。
その積み重ねが、今振り返ると大きな学びになっていたように思います。
そして何より楽しみだったのが、最後の30〜40分ほど設けられていた「質問コーナー」でした。
先生が淹れてくださった紅茶とお菓子をいただきながら、講義とは関係のないことまで自由に質問できる時間です。
試験曲や勉強している作品について質問すると、一つの質問に対して無限に答えが出てくるような先生のお話に、毎回驚かされていました。
膨大な資料は今も私の宝物です。

後になって知ったのですが、その資料は先生が徹夜しながら作成してくださっていたそうです。
今でも頭が上がりません。
学校の授業はとても厳しかったため、その影響もあって研究会に参加する学生は限られていましたが、
先生は生徒だけでなく、先生方からも尊敬される存在でした。
ピアノで歌うこと
ある時期、私は「ピアノで歌う」ということに悩んでいました。
そこで先生に、「先生、歌うってどういう意味ですか?」と質問したことがあります。
その時、先生はにこっと笑っただけで、何も答えてくださいませんでした。
ところが、その直後の和声の授業でのことです。
先生は挨拶もなく教室に入って来られ、突然モーツァルトのソナタ KV.545 第2楽章を弾き始めました。
そして演奏が終わった直後、
「歌うって、こういうことなんだと思います」
と仰ったのです。
廊下で先生を追いかけてした質問の答えが、まさかこんな形で返ってくるとは思いもしませんでした。
一音一音が愛に溢れ、その演奏を聴いた瞬間、視界が一気に開けるような感覚、今も鮮明に憶えています。
先生との再会
節目のたびに先生を思い出していたのですが、今年に入ってからSNSを通じて再会することができました(SNSってすごい!)
すると突然、チャットでバッハ講義が始まったのです。
ちょうど刺激を求めていた時期でもあり、先生から届く難問を見るたびにワクワクしています!
現在はライプツィヒの「バッハ・デジタル」にも協力され、バッハ事典の執筆にも携わっていらっしゃいます。
突如はじまったチャット授業のテーマは、インヴェンションの調性と音律でした。
当時バッハが考えていたプロジェクトは、一般にはあまり知られていない側面があり、その奥深さに改めて驚かされました。
自分の分析にも不足していた部分があることに気づき、以前インヴェンションやシンフォニアの
レッスンや講義を受講してくださった方々には、慌てて追加でお伝えしたほどです。
現在もチャット授業は続いており、「マタイ受難曲」のコラールの調性、
調と音律、修辞学、さらにインヴェンション、シンフォニア、平均律へと話題が広がっていきます。
まさに終わりのない宇宙のような世界観…
自分で考えて、答えを探すこと
先生の課題は、すぐに答えを教えてくださるものではなく、
ヒントを与えながら、自分で調べ、自分で考え、自分で答えにたどり着くように導いてくださいます。
その課題の出し方が本当に巧みで、「私もこんなに面白いレッスンができたらいいのに」と感じてしまうメッセージ。
私は元々、自分で考えながら表現を見つけていくことが好きなタイプです。
もちろんクラシック音楽には一定の様式や規則がありますから、それに反した時は「これは違う」と教えていただきます。
けれども、その先にある表現は、自分で考え、試し、見つけていくもの。
その過程こそが、本来の学びの楽しさなのではないかと思います。
高校時代に出会ったバッハの先生も、今のチャット授業も、本質は変わっていません。
ヒントは与えてくださる。でも答えは自分で見つける。
そこからどう調べ、どう試し、どう考えるか。
追求の仕方によって人によって振り幅はそれぞれだと思うのですが、私はすっかり沼にハマってしまいました。
高校生だった頃の私には、到底ついていけなかったこともたくさんあり、
たくさん叱られもしましたし、聞き漏らしていたことも多かったと思います。
それでも、これまで積み重ねてきた年月があったからこそ、今ようやく先生の課題と正面から向き合えるようになったのかもしれません。
学びは終わりがないから楽しいものですし、バッハに対して苦手意識や、分からない、難しいというイメージが先行しがちですが、
だからこそ面白いし、美しい世界があることを多くの方にも知って欲しいなと思います。

これからのこと
先生の開催して下さった研究会を思い出しながら、最近は私も小規模で開こうかなと考えることが多くなりました。
バッハに限らず、少人数の勉強会を開いていけたらと考えています。
一人ひとりのレッスンを丁寧に行うことはもちろん大切なのですが、
現在レッスンしているマエストローラ音楽院のある先生も月に一度勉強会を開かれていらっしゃり、
イタリア時代の恩師も毎月門下生の勉強会を開催されて非常に勉強になりました。
他の方の演奏や考え方から刺激を受けることもありますし、
一つのテーマについて集中的に学ぶ機会には大きな価値があります。
私がかつて「バッハ研究会」の濃密な空間で、音楽の深さに圧倒されたような経験が、
生徒さんにも還元できるように、近いうち開催したいと思っています。
こんなことをして欲しいと思う生徒さんがいらっしゃったら、是非お申し付けください!
